東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4826号 判決 1970年2月09日
原告
松浦秀之
代理人
及川信夫
被告
交友自動車株式会社
代理人
武田峯生
主文
被告は原告に対し金二八万二四三八円およびこれに対する昭和四一年九月九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
理由
第一、請求の趣旨
「被告は原告に対し金一七四万三一四九円およびこれに対する昭和四一年九月九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ」
との判決および仮執行の宣言。
第二、原告の主張
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四一年九月九日午前一〇時頃
(二) 発生地 東京都八王子市高倉町一五八三番地先路上
(三) 加害者 マイクロバス(練馬二わ八号)
運転者 訴外高橋良宣(当時二三才)
(四) 被害車 ライトバン(多摩四ぬ五六七号)
運転者 原告 昭和一一年四月一四日生
被害者 原告
(五) 態様 訴外高橋の過失により被害車に加害車が追突
(六) 被害者原告の傷害の部位程度
入院三五日、通院三五二日(実通院日数一六三日)を要する頸椎鞭打ち損傷
(七) 後遺症
頭部、頸部、頂部に苦痛があり、めまい、耳鳥り等がある。
二、(責任原因)
被告は、いわゆるレンタカー業者として加害車を所有し訴外高橋に期間一日、一定の運行条件と高賃料のもとに賃貸して自己のため運行の用に供していたもので、その有していた運行支配と運行利益の事実から、自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
三、(損害)
(一) 治療費等
(1) 入、通院治療費
一四万二五三九円
(2) 売薬購入費 二九三〇円
(3) 整形、整体に要した費用
一万六〇〇〇円
右合計額一六万一四六九円から労災保険により支払済の一三万七二三四円を控除した残額二万四二三五円。
(二) 看護費
原告の療養および本件事故のショックで病臥した原告の母政のため、昭和四一年一〇月から同四二年六月まで看護人兼手伝人を要し、その間月二万五〇〇〇円の割合で支払つた看護費合計二一万五〇〇〇円。
(三) 通院交通費
(1) タクシー代 一万〇七一五円
(2) バス代 一万三〇〇〇円
右合計 二万三七一五円
(四) 休業損害
原告は、事故当時、株式会社丸源製鋸所に勤務していたが、事故の翌日である昭和四一年九月一〇日から同四二年六月一八日までの間、休業を余儀なくされ、その結果、次の損害を蒙つた。
(1) 月給喪失分 三二万九五五六円
(2) 賞与喪失分 一〇万二一〇〇円
(3) 昇給低下による損害
七万二〇〇〇円
ただし、月二〇〇〇円の割合による昭和四二年度から昭和四四年度まで三年間の合計額。
右合計 五〇万三六五六円。
(五) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情のほか、本件傷害を原因として原告の母政は心臓障害を起し、遂に昭和四二年六月死亡するに至つたこと、昭和四一年一一月三日結婚を予定していた浅谷光子との婚約が解消されてしまつたこと、勤務先を長期欠勤し、当時通学していた産業能率短期大学での学業も中途で放棄せさるを得なくなり、将来への見通しが暗いものになつてしまつたことなどの諸事情に鑑み、一六〇万円が相当である。
(六) 損害の填補
原告は、自賠責保険一二万三四五七円を受領したほか、加害車の運転者高橋良宣および同人の使用者訴外株式会社読売新聞社から本件損害の賠償金の一部として、五〇万円の支払を受け、これを前記損害金合計二三六万六六〇六円の一部に充当した。
四、(結論)
よつて、被告に対し、原告は一七四万三一四九円およびこれに対する事故発生の日である昭和四一年九月九日以後支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三、被告の主張
第一項中、原告の傷害の部位程度、後遺症は知らないが、その余は認めめる。
第二項中、被告がレンタカー業者として加害車を所有し訴外高橋に賃貸していたことは認めるが、被告は、後記のとおり、運行供用者ではない。
第三項中、損害の填補の点は認めるが、その余は不知。
すなわち被告のいとなむ自動車の賃貸は賃貸借契約の条項も形式的で借主に対する監督、指示の権限は事実上ないから、加害車の引渡と同時に車に対する支配は訴外高橋に移り、被告は本件事故当時運行供用者たる地位にはなかつたものである。
理由
一(事故の発生)
本件追突事故の発生は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右事故により原告がその主張の傷害を受けたことが認められる。
二(責任原因)
被告がいわゆるレンタカー業者として加害車を所有していたことは当事者間に争いがない。
そこで、被告が事故当時加害車の運行供用者の地位にあつたかどうかの点につき検討するに、<証拠>を総合すると、つぎの事実が認められる。
被告はレンタカーを賃貸するに当り、借主につき免許証の有無を確認し、使用時間、行先を指定させて走行料、使用時間に応じて預り金の名目で賃料の前払をさせ、借主の使用中、使用時間、行先を変更する場合には、被告の指示を受けるため返還予定時刻の三時間前に被告にその旨連絡させ、これを怠つた場合には、倍額の追加賃料を徴収するものとされていた。そして申入れの賃借人がただちに走行できるよう車両の整備は常に被告の手で責任をもつて行われ、賃貸中の故障の修理も原則として被告の負担であつた。
右事実によると、被告は借主の行先、使用時間の確認、その変更の場合における指示の確保、具体的な走行の安全に必須な日常の車両整備責任の負担、などの実情から、本件のような賃貸引渡によつては、借用期間もおおむね短期であるので、なお危険責任の観点からする自動車の運行に対する管理制御の実を具体的に留保し、いまだ運行支配を喪失するには至らないものといえる。またその自動車賃貸業は右認定のような前提条件と約旨のもとにその使用時間、走行粁に応じて賃料を徴収する以上、加害車の運行そのものにより利得しているもので、その運行利益もまた被告に帰属するといわねばならない。
してみると、被告は本件加害車賃貸中の人身事故につき、運行供用者として賠償責任を免れない。
三(損害)
(一) 治療費等残 二万四二三五円
<証拠>によると、原告は本件傷害のため、東京慈恵会医科大学付属病院に入、通院のほか、青木病院、辻病院等に通院し、入、通院費合計一四万二五三九円を要し、うち労災保険給付一三万七二三四円による填補後の五三〇五円を支払つたこと、売薬購入費二九三〇円、整形整体費一万六〇〇〇円を支払つたことが認められるので、右合計額。
(二) 看護費 三万二五〇〇円証拠によると、原告受傷後の昭和四一年一〇月から同四二年六月までの間、手伝人を雇い、月二万五〇〇〇円の割合で合計二一万五〇〇〇円を支払つたことが認められる。しかし、右証拠によると、原告は事故前から病弱であつた母、精神病の兄と同居し、家族の炊事、洗濯は一切原告が行なつていたというのであり、手伝人を雇つた期間が原告の母の病床にある期間と符合するところからも、右出費をもつて、すべて本件傷害に因果関係ある損害とはいい難く、原告の入院期間である三五日間についてのみ相当性あるものと認める。従つて月二万五〇〇〇円の割合によると三万二五〇〇円となる。
(三) 通院交通費 二万三〇六〇円
<証拠>によると、通院タクシー代合計一万〇〇六〇円、通院バス代合計一万三〇〇〇円を支払つたことが認められるので、右合計額。
(四) 休業損害 一二万六一〇〇円
<証拠> を総合すると、原告は株式会社丸源製鋸所に勤務し、本件傷害による長期欠勤のため、昭和四二年度は本来、一六万円の賞与を受けられるところ、五万七九〇〇円の支給にとどまり、その差額一〇万二一〇〇円の損害を蒙つたこと、同社では毎年四月に一回昇給することになつているが、原告は昭和四二年度に見込まれた二〇〇〇円ないし四〇〇〇円の昇給が受けられず、少くとも次年度までの一年間につき月二〇〇〇円の割合による合計二万四〇〇〇円の損害のあつたことは認められるが、その後の昇給喪失については、得心できる証拠はなく、にわかに認めがたい。さらに、原告は、昭和四一年九月一〇日から同二年六月一八日までの間、三二万九五五六円の月給喪失の損害を主張するが、<証拠>によれば、原告の昭和四一年、同四二年の所得中、賞与が減つたにとどまり、給与の支給は従前どおり受けていたことが認められるので右損害の主張は、採用できない。従つて、休業損は以上認定の合計額にとどまるほかない。
(五) 慰藉料 七〇万〇〇〇〇円
<証拠>を総合すると、慰謝料認定の諸事情として既に認定した本件傷害の結果、勤務先を長期欠勤せざるを得なくなり、昇給の遅れ、配置転換、産業能率短期大学の中途退学などのため、事故前周囲からも期待されていた職場での前途に以前ほどの希望がもてなくなつている。また原告は昭和四二年一一月結婚して家庭を営んでいるが、事故当時、進行していた親戚筋の浅谷光子との縁談が本件受傷ににより破れ、当座の心労を重ねた。
なお、原告の母が昭和四二年六月心臓障害により死亡したことは認められるが以前から同女が病弱であつたこと、その他の事情から直ちに本件原告傷害事故と因果関係あるものとは認め難いところである。右諸事情を考慮するとその慰謝料は右額をもつて相当と認める。
(六) 損害の填補
原告が自賠責保険一二万三四五七円を受領したほか、加害車の運転者訴外高橋および同人の使用者訴外株式会社読売新聞社から五〇万円の支払を受けていることは、当事者間に争いがないので、これらを差引くと、損害金の残額は金二八万二四三八円となる。
四(結論)
よつて、原告の請求は、主文の限度における人身損害残ならびに事故発生日からの民法所定の割合による遅延損害金についてのみ理由がある。訴訟費用の負担につき、民訴法九三条を、仮執行の宣言につき同法一八九を適用した。(舟木信光 福永政彦 鷺岡康雄)